日本国内のパティスリー、つまりケーキ屋さんで「ヴァンドゥーズ(販売スタッフ)」として人生の半分以上を費やしてきた私は大のスイーツ好き。1年間休職し、フランスでヴァンドゥーズとして働きつつ、様々な地方菓子を食べてきました。帰国後はフランス人の夫と子供たちと暮らしながら、今も毎日甘い香りに包まれて過ごしています。そんな私が今、食べたいお菓子は「アニョーパスカル」。なぜなら、その存在を知らないまま、食べずに帰国してしまったからです。
【レポート】東京・日本橋:足し算に超成功 千疋屋総本店のフルーツパフェはド定番になるたしかな理由があるアニョーパスカルとは、イースター(復活祭)の日に、フランスのアルザス地方などで食べられる仔羊型の焼き菓子のこと。
私がアニョーパスカルの存在に気づいたのは、帰国後何年もしてから。“イースター=チョコレート”だと思い込んでいましたが、まさかイースターに“ご当地菓子”があったとは……。
このアニョーパスカルは「愛」のシンボルと言われており、イースター当日、恋人がフィアンセに贈る習慣があるそうです。子供たちもミサの後にもらい、朝のうちに食べるのだとか。
アルザスで有名な「クグロフ」はパンのようなイースト菓子である一方、アニョーパスカルは卵をふんだんに使用したスポンジケーキです。元々、キリスト教ではイースター前に食事を節制する習慣があり、卵がたくさん余ってしまうことから、卵を消費するために考案したそう。アニョーパスカルのことを調べるうちに、その歴史や習慣にすっかり魅了されてしまいました。
ちなみに、ワインの産地として有名なアルザス地方は、ドイツ国境近くに位置します。初めて訪れた時から、すっかりこのアルザスの街並みや食べ物の虜になり、渡仏中は「ヴァンダンジュ」という、葡萄摘みの仕事も経験しました。どこまでも続く葡萄畑をトラックに揺られ走っていると、丘の合間に村が見えてきます。「フランスで最も美しい村」が多数存在するアルザス地方。オレンジに統一された屋根の色が葡萄畑の緑によく映えるのです。
アニョーパスカルについてもう一つ。この滞在よりももっと前に訪れたアルザス地方の村・スフレンハイムで、アニョーパスカルの型も作っている事実を最近知りました。
スフレンハイムは、ストラスブールよりさらに北のライン川近くにある村で、古くから陶器の名産地として知られています。メイン通りには工房が並び、手描きの花模様をあしらったクグロフ型やお皿などがたくさん。パステルカラーの家の窓際で咲き誇る花々や美しい景色は、まるで物語の世界へ来たような気分にさせてくれます。当時は「アルザスといえばクグロフ」と思っていたので、羊の型が目に入っていなかったのかもしれません。
こうして、アニョーパスカルの発祥の地を幾度も訪れたにもかかわらず、アニョーパスカルの存在を知らないまま過ごしてきてしまった私。食べられなかったことは悔やんでも悔やみきれません。
現在は、日本でもスフレンハイムのアニョーパスカル型は手に入ります。アニョーパスカルを焼いているパティスリーも見かけるようになりました。ずいぶん前には、どうやら100円ショップ・ダイソーでもアニョーパスカルの型を売っていたようです。アルザス方面に親戚がいるものの、アニョーパスカルを食べたことがない夫にそのことを伝えると「買って来てほしい」と言われて見に行きましたが、もうありませんでした。
いつかまたスフレンハイムへ行って、アニョーパスカルの型を買える日が来るかもしれないので、今日本では買わないでおこう。でも、シリコンでできたダイソーの型も欲しかった……。
今すぐは難しいですが、いつか必ずアルザスへ戻り、本場のアニョーパスカルが並ぶパティスリーへ行きたい。その時はスフレンハイムへも立ち寄り、アニョーパスカルの型を絶対手に入れたい!
【コラム&イラスト:Miko】
都内近郊のパティスリーでヴァンドゥーズとして働きながら、フランス語を猛勉強すること約7年。1年間休職し、フランスはリヨンのショコラトリーでヴァンドゥーズとして働いた他、アルザスでヴァンダンジュ(葡萄摘みの仕事)や、ノルマンディー地方の農家で豚の世話も。フランス中の地方菓子を食べ歩いた食いしん坊。現在はフランス人の夫と子供たちと日本で暮らす、現役ヴァンドゥーズ。イラストも勉強中!