
神奈川県川崎市川崎区にある「ボナール洋菓子店」。ここでは、1960年~1970年代に流行した「たぬきケーキ」を創業当初のレシピで55年間販売している。他ではなかなかお目にかかれないカップケーキが土台の「たぬき」と、ラムボールを元にした濃厚な「ぽんたくん」の2種類を楽しめる。今回は、そんな2種類のたぬきケーキについて、店主の井上秀兵さんに話をうかがった。
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同店は川崎大師駅または東門前駅よりそれぞれ徒歩10分前後の位置にある、地元の小さな洋菓子店。産業道路に繋がる広いバス通り沿いにあり、レンガの壁と赤くて短めの暖簾が目印である。駐輪場や駐車場はなく、お客さんの多くは川崎駅から出ているバスに乗り台町で降車。バス停を降りたら、向かいの道路に渡って2分足らずで同店に辿り着く。地元の常連客は自転車で訪れ、パパっと購入して帰るそうだ。また、交通量の多さから仕事帰りの人もよく訪れる。
井上さんの祖父・初代店主が1970年に、川崎区四谷上町で1号店をオープン。その後、現在の川崎区台町に2号店を展開して2店舗を持つが、1号店が立ち退きになってしまい、リニューアルオープンを経て2号店のみになった。

今もなお看板商品として人気の「たぬき」。創業当初から近辺にケーキ屋はたくさんあったが、たぬきケーキを作っていたのは同店だけだったとのこと。同店は昭和から現在まで、1度も途切れることのない”たぬきを捕獲できる場所”なのである。
現在3代目となる井上さんは「祖父が始めた大切なお店を守りたい」という想いで後を継いでいる。そんな中、5年前からたぬきケーキブームが再燃し始め、それに対して井上さんは「昔から作り続けていたら、いつの間にか注目されるようになった。多分、たぬきケーキを販売するお店が減ったことで、今の人たちには珍しく映るのかもしれません」と話す。昔は当たり前のように店頭に並んでいたたぬきケーキも、今やテレビで絶滅危惧種だと言われるほどに減少している。創業から1度も辞めずにたぬきケーキを販売し続けている同店は、県内を見ても珍しいだろう。

創業から変わらぬレシピで作る「たぬき」はカップケーキの中に杏子ジャムを詰め、トップにバタークリームで作ったたぬきの顔を乗せている。なにより驚いたのは、バタークリームの軽やかさだ。バタークリーム特有の飲み込んだ後も口内に張り付く感覚やくどさが全くない。口当たりも滑らかでありつつふんわりと軽い。それをより感じさせるのが、たぬきを表現するためのチョコレートコーティングだ。歯ごたえがしっかりとあり、フォークよりも齧りついた方が綺麗に食べられるかもしれない。チョコレートコーティングの歯ごたえや生地のふんわり優しい味わい、甘酸っぱい杏子ジャムのバランスがよく、子どもから大人まで親しみやすい一品である。
余談だが、初代店主のレシピを守り続けている商品には「ショートケーキ」もある。せっかくなので購入すると、砂糖を少し多めに入れているという生地はシフォンケーキのような柔らかさで甘さもちょうどよい。なにより、舌に乗った瞬間にフワッと溶ける、甘さ控えめの生クリームが気に入った。ケーキの背中部分とサンドされた部分のクリーム量が一般的なショートケーキの半分以下で、胃もたれしやすい人も最後までおいしく食べきれるバランスだ。

「ぽんたくん」はスポンジにチョコレートやバタークリーム、ナッツ、リキュールを練り込んだクラム生地でできており、身長が低いのが特徴だ。ラムボールを元にしており、クラム生地にはラム酒と柑橘系のお酒を使用している。2種類のお酒はほんのりと香る程度で、アルコール感が苦手な人でも安心して食べられる。ただ、子ども向けの味わいではなく、大人のおやつにぴったりな一品だ。生地はしっとり食感で濃厚な味わい。飲み物と一緒にゆっくり味わうのがおすすめ。中にはナッツがゴロゴロ入っており、どこを食べても食感がある。「たぬき」と比べると、見た目は小柄だが、「ぽんたくん」の方がずっしりと重い。1個でも十分な満足度だ。
「ぽんたくん」は初代店主の兄が湘南台ボナールとして店を持っており、そこで販売していたたぬきケーキだ。10年ほど前に湘南台ボナールは閉店してしまったが、レシピと名前を受け継いだ井上さんが同店で2種類目のたぬきとして2年前から販売している。

たぬきケーキの魅力は、手作りならではの表情。1つずつ手作業で顔を作っているため、目の大きさや寄り目・遠くを見る目・目が合うなど表情はさまざま。たぬきの顔の作り方は、バタークリームで顔の形を作り、そこに焼いたアーモンドスライスの耳を付ける。カップケーキを逆さまに持ち、チョコレートでコーティングをしたら、固まらないうちに指で引っ張るようにして目の周りの模様を作る。さらに「ぽんたくん」はバタークリームで両手も再現。複数匹を購入すると、箱の中で両手を揃えた「ぽんたくん」が並び、これがまたかわいい。お客さんからは「どこから食べればよいですか」との質問が多く、これに対する回答は「思い切って顔からかじりつく」だという。

どちらも全て手作業のため、1日の販売個数は少ない。「たぬき」は各日15個~20個程度作り、できるだけ完売しないようにその都度追加しているという。井上さんは「たぬきは看板商品だから、いつ来ても売り切れさせないように一生懸命作っている。千葉の方からたぬきを求めてくる人もいるので、パッと来てくれた人に残念な思いをさせないように心がけています」と話し、閉店間際に訪れた人でもできるだけ購入できるようにしている。「ぽんたくん」はさらに少ない、各日8個程度の商品。胴体であるクラム生地はスポンジの切り落としを使用しているため材料がなくなりやすく、追加で作ることが難しい。確実に購入するなら、予約をして取り置きしてもらうのがよい。
最後に、「もしもお客さんから、たぬき以外の動物ケーキも見てみたい」と言われたら何の動物にしますかと質問すると、井上さんはこう述べた。
「狐が面白そう。チョコレートではなく、モンブランに使用するような黄色い栗のペーストでコーティングするとか。多分、”たぬき”の横に並ぶ”きつね”はないので」
絶滅危惧種のたぬきケーキは、全国各店舗によって全く異なる。ショートケーキの上にたぬきを乗せるなど、土台や表情、顔の形など同じものはない。井上さんと話をしていると、昭和に流行した懐かしいたぬきケーキのさまざまな特徴を見てみたくなる。
なお、「ぽんたくん」は2025年3月19日より税込み375円で販売。以後も、価格や商品ラインアップが変更される場合あり。
【ボナール洋菓子店】
住所:〒210-0814 神奈川県川崎市川崎区台町7‐8
時間:9時30分~20時
定休日:毎週火曜日・木曜日
電話:044-299-0220












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