世界的パティシエ辻口博啓「どんな優勝作品よりも思い出深い」仏菓子大会の仰天エピソード語る

パティシエ・ショコラティエの辻口博啓さんが2月27日、都内で行われた自伝的映画『パリ・ブレスト〜夢をかなえたスイーツ〜』(3月29日公開)の上映後トークセッションに登壇した。自身がパティシエを目指すきっかけになった小学時代の“皿舐め事件”を回顧した。編集部
パティシエ・ショコラティエの辻口博啓さんが2月27日、都内で行われた自伝的映画『パリ・ブレスト〜夢をかなえたスイーツ〜』(3月29日公開)の上映後トークセッションに登壇した。自身がパティシエを目指すきっかけになった小学時代の“皿舐め事件”を回顧した。

パティシエ・ショコラティエの辻口博啓さんが2月27日、都内で行われた自伝的映画『パリ・ブレスト〜夢をかなえたスイーツ〜』(3月29日公開)の上映後トークセッションに出席した。自身が世界大会に参加した際の秘話を明かした。

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辻口さんは、洋菓子の世界大会で数々の優勝を経験。現在は後進育成やスイーツ文化の振興に取り組む他、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県七尾市の出身で、ふるさと・能登地方への支援を続ける。

辻口さんは自身のキャリアを振り返って「お金なかったので、最初スタートが4万5千円だったんですよ。住み込みで。そこからずっと1万円を貯め続けた。いまだにその1万円の積み立てを続けている。とにかく、日本の大会はほとんど優勝しましたね。23歳で全国大会で優勝し、それも最年少優勝だった。でも優勝してもなかなかスポンサーが集まらなかった」と回顧。

「結局世界に照準を当てないと、自分の人生変わらないなと思った。で、150万くらい貯めて、コンクール・シャルル・プルースト(シャルル・プルースト杯。フランスで2年に1回開催されるパティシエの大会)にエントリーして、150万円を握りしめてフランスに行った。ウィークリーのアパートを借りて、そこで飴細工を作るのに、近くのパティスリーの厨房を、お金払って借りようとした。だけど材料をもっていかなかった。グラニュー糖とか飴細工、アントルメ(仏料理の食後のデザートや菓子などを指す)の大会だったので、そこを借りてしまうと(お金が足りなくなって)材料を入手できない。それで、味の部門だけは厨房を借りてやろうとした。飴細工は、借りたアパートが、トイレが石だったんですよ。飴細工は石の上に流さないとできない。借りたアパートのトイレを……舐めても大丈夫なくらい、綺麗にクレンジングした(笑)」

徹底的に掃除した石床を使って飴細工を手がけたと語り、「飴細工だから、それはアートだから審査員は食べない。まさかこれをトイレの床で作ったとは誰もわからない(笑)。アントルメはちゃんとした厨房で(作りました)」という。

当時を振り返って「今はルイ・ヴィトンのホテルになってますけど、サマリテーヌ(パリの老舗デパート)で(掃除用品などを)買ってきて、クレンジングした。それで、(そのトイレの床で作った飴細工で)銀賞とったんですよ。そのときの銀賞は……どの優勝作品よりも思い出深い。そのアパートに戻ってきたときに記憶がない。気がついたら2日くらい経っていた。とことんやる、というのはこういうことなんだな、と思いましたね」と述懐。今でも「下が大理石のトイレを見ると、なんか涙出てきますね」と笑った。

同映画は、若き天才パティシエのヤジッド・イシュムラエンさんの自伝を映画化。不遇な少年時代を過ごした孤独な青年が、スイーツを通じて成功する様を描く。ヤジッドさんが特別に来日し、トークセッションに参加した。

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